大相撲力士群像 見どころ紹介3
2020年11月21日 06時33分宇佐市出身・御用木の錦絵 数多く、人気ぶり伝わる
宇佐市は大横綱・双葉山の故郷として有名ですが、双葉山誕生の約100年前、同じ宇佐市出身で、江戸相撲で活躍した力士がいました。その力士の名は御用木雲右衛門(以下、御用木)といい、錦絵に数多く登場することから、当時の人気力士であったことがうかがえます。御用木は身長188センチの巨体を武器に1840年代、天保末期から嘉永初期にかけて花形力士として活躍し、1845年(弘化2)年に関脇に昇進。以後三役を長く務めました。
明治時代に地元の人が書いた、御用木に関する伝記が残されています。この中に、江戸にて与力(下級役人)衆と口論になり、恨みを買ったことから寝込みを襲われ刀傷を負ったという逸話があります。
この事件については、江戸時代に書かれた「藤岡屋日記」に事件の概要が詳細に記述されています。それによると、弟子が顔見知りに借金を申し込んだが断られけんかとなり、その恨みから寝込みを襲われ、同居していた御用木も巻き添えを食う形で切り付けられ頭部や顔面などに21針を縫う大けがを負ったというのです。
御用木は1844(天保15)年10月場所7勝1分けの負け知らずで、翌年には関脇に昇進しています。まさに御用木の全盛期であり、大関が視野に入った時に起きた大事件でした。事件後の46(弘化3)年3月場所は前半の5日間を休み、1勝1敗1預の厳しい成績でした。また、この場所以降も一時の勢いは影を潜め、成績は下降傾向をたどることから、年齢による衰えに加え、事件の傷の後遺症はかなり大きかったのではないかと想像されます。
出身地である宇佐市乙女地区には、1875(明治8)年に御用木の立派な顕彰碑が建立され、寺には今も墓が残っています。今回、御用木の錦絵も展示されています。熱狂的に支持された江戸相撲の隆盛期に、地元から誕生したヒーローの姿をぜひご覧ください。(宇佐市長峰小校長 岩本輝清)
▽特別展「大相撲力士群像 -相撲の歴史と時代のヒーローたち-」は宇佐市高森の県立歴史博物館で29日まで。観覧料は一般510円、高校生・大学生310円。中学生以下と土曜の高校生の観覧は無料。